05/13: 松の丸太を割る
チェーンソーでのしびれが切れないうちに、今度は切った松の丸太を木割り斧で割っていく。
チェーンソーはもともと実家で父が使っているものを借りた。ガソリンエンジンの道具はできるだけ使うまいと思っていたが、使うことになった。その経緯はすでに書いた。
木を割る道具もエンジンつきで簡単操作のものが売られているが、こちらは実家にはない。代わりに木割り斧を使うことにする。生まれて初めてかもしれない。
松の丸太をまず半分に、それからさらに半分に、という具合に割って行くが、最初の半分に割るまでが、非常に大変だった。これだけ太い松の丸太だと、数回叩き込むだけではびくともしない。15分ぐらいあっちこっちを叩き続けて、ようやく半分になった。一つの丸太を片付ける頃には、手にはたくさんのマメができた。それに、チェーンソーでの作業の直後で、体力を消費しきった。
しばし呆然と、割れて薪に姿を変えた松や、遠くの山を眺めながら、腰を下ろしていた。風が心地よかった。頭には何も思い浮かばなかった。
松 割る 木割り斧
チェーンソーはもともと実家で父が使っているものを借りた。ガソリンエンジンの道具はできるだけ使うまいと思っていたが、使うことになった。その経緯はすでに書いた。
木を割る道具もエンジンつきで簡単操作のものが売られているが、こちらは実家にはない。代わりに木割り斧を使うことにする。生まれて初めてかもしれない。
松の丸太をまず半分に、それからさらに半分に、という具合に割って行くが、最初の半分に割るまでが、非常に大変だった。これだけ太い松の丸太だと、数回叩き込むだけではびくともしない。15分ぐらいあっちこっちを叩き続けて、ようやく半分になった。一つの丸太を片付ける頃には、手にはたくさんのマメができた。それに、チェーンソーでの作業の直後で、体力を消費しきった。
しばし呆然と、割れて薪に姿を変えた松や、遠くの山を眺めながら、腰を下ろしていた。風が心地よかった。頭には何も思い浮かばなかった。
松 割る 木割り斧
05/12: チェーンソーを研ぐ
夕食のとき、ぼくがチェーンソーに苦労していることを父に伝えると、チェーンソーを研ぐ(目立て)、ということを教えてくれた。父は今まで数回チェーンソーの目立てをしたことがあると言う。「今のは、わしが研いだやつだから、切れんようになっとるかもしれん」と、但し書き付きの説明ではあったが、何も知らないぼくにとっては、チェーンソーに心開くには十分なきっかけとなった。
チェーンソーの刃はL字に曲がった立体的な刃で、チェーンに4センチほどの間隔でついていて、箸のような丸いヤスリを使って、1つひとつを研いでいく。包丁や彫刻刀でさえまともに研げた試しのないぼくが、チェーンソーの刃を十分に整備できるはずもないけれど、何事も体験、ぼくがすればどうなるか、というのはやってみないとわからないことであり、それを報告するのがこの卒業「研」究、というわけで研いでみた。
刃についたゴミがとれて、きらんとした。それだけで満足。目立てというより、歯磨きだな、これは。
さっそく、825に持って行って切ってみることにする。
お、何か違う。切れてる、気がする。とたんに、チェーンソーへの抵抗感が無くなって、身体が攻めに入る。調子に乗って切っていると、腕がパンパンになる。チェーンソーといえども、勝手に切れてはくれない、しっかり押さえつけたり動かしたりしないとだめなので、全身にかなり力が入る。最後はさすがに手がしびれてきた。
目立てという行為でチェーンソーの刃に自分の感覚が拡張して、木(自然)と自分の接点をいくらかでも新しくイメージできる。それは今までのチェーンソー使用体験と全く違うことだ。目立て経験の前は自然と自分が接していなかったのではないか。自然を具体的に感じるというのは、道具をカスタマイズして使用することで実現するといえるかもしれない。
チェーンソーは混合油(ガソリンとオイルを混ぜたもの)を燃料とする。パリパリと大きな排気音がする。松の木を幹の先の方から根元に向かって丸太状に切っていくので、だんだん直径が大きくなっていく。この小さなチェーンソーでは、この松の丸太を4回切って、燃料が切れる。この燃料の消費され具合は、目立ての前と後で大差がない。しかし、明らかに道具に対する自分のストレスは軽減されているし、イメージも具体的である。刃物を研ぐという行為は創造性に富んでいる、といえるかもしれない。
チェーンソー 研ぐ 松 切る
チェーンソーの刃はL字に曲がった立体的な刃で、チェーンに4センチほどの間隔でついていて、箸のような丸いヤスリを使って、1つひとつを研いでいく。包丁や彫刻刀でさえまともに研げた試しのないぼくが、チェーンソーの刃を十分に整備できるはずもないけれど、何事も体験、ぼくがすればどうなるか、というのはやってみないとわからないことであり、それを報告するのがこの卒業「研」究、というわけで研いでみた。
刃についたゴミがとれて、きらんとした。それだけで満足。目立てというより、歯磨きだな、これは。
さっそく、825に持って行って切ってみることにする。
お、何か違う。切れてる、気がする。とたんに、チェーンソーへの抵抗感が無くなって、身体が攻めに入る。調子に乗って切っていると、腕がパンパンになる。チェーンソーといえども、勝手に切れてはくれない、しっかり押さえつけたり動かしたりしないとだめなので、全身にかなり力が入る。最後はさすがに手がしびれてきた。
目立てという行為でチェーンソーの刃に自分の感覚が拡張して、木(自然)と自分の接点をいくらかでも新しくイメージできる。それは今までのチェーンソー使用体験と全く違うことだ。目立て経験の前は自然と自分が接していなかったのではないか。自然を具体的に感じるというのは、道具をカスタマイズして使用することで実現するといえるかもしれない。
チェーンソーは混合油(ガソリンとオイルを混ぜたもの)を燃料とする。パリパリと大きな排気音がする。松の木を幹の先の方から根元に向かって丸太状に切っていくので、だんだん直径が大きくなっていく。この小さなチェーンソーでは、この松の丸太を4回切って、燃料が切れる。この燃料の消費され具合は、目立ての前と後で大差がない。しかし、明らかに道具に対する自分のストレスは軽減されているし、イメージも具体的である。刃物を研ぐという行為は創造性に富んでいる、といえるかもしれない。
チェーンソー 研ぐ 松 切る
04/20: 木小屋を建てた
カリンの木に、ピンク色のひらひらしたかわいい花が咲いている。
木小屋のために整地した場所へ、さっそく屋根を作る。先日825で切り出しておいたクヌギの木を柱にする。浪板(材質:ガルバリウム)はコメリのWeb通販で購入済み。
小屋の耐久性を優先する手段はいくらでもある。日本の大工さんは様々な木についての知恵を伝承しているし、手近な材料を使って作る方法なら多くの情報も様々なメディアを通して手に入る。これらを元にすれば、設計の時間、材料費、作る手間はかかるものの、それらのプロセスで大工仕事の知識を身につけたり、材料や道具を買い集め、いろいろ試してみたりというのは、趣味としては最高に楽しそうだ。情報を集め、一つずつ実践し技術を身につけてみるには、確かによい機会には違いない。
でも、今は違う考え方をしたい。もう他に選択肢がない、という状況に自分を置きたい。情報のぬるま湯につかってるんじゃなくて、自分の先端を細く鋭くとがらせて、ずぼっと地域に刺さりたい。
前にも書いたが、丈夫な建材として木を得るには、春に切ってはよろしくないと、父にいわれた。この木小屋の柱がその真実を語るだろう。しかし、計画のためには、今もっと必要なのだ。
残りの材料をもとめて再び山に入ったが、すでにその時、木々は芽吹き始めていた。ぼくは理屈抜きでそれらを切り出すのをためらった。その現象は、できるだけ身の回りの自然の材料を使って、というこの計画のコンセプトより優先すべきことがあることを、ぼくに端的に知らしめた。残りの必要な木材は、ホームセンターで購入したものを使うことにした。そして、木は10〜11月に切る。やっぱりそれが一番いいと思う。
木小屋は1日で建った。それでいい。
木小屋 / 鋸 / くぎ / クヌギ / 浪板 / 金槌 / ノミ / 木の杭
木小屋のために整地した場所へ、さっそく屋根を作る。先日825で切り出しておいたクヌギの木を柱にする。浪板(材質:ガルバリウム)はコメリのWeb通販で購入済み。
小屋の耐久性を優先する手段はいくらでもある。日本の大工さんは様々な木についての知恵を伝承しているし、手近な材料を使って作る方法なら多くの情報も様々なメディアを通して手に入る。これらを元にすれば、設計の時間、材料費、作る手間はかかるものの、それらのプロセスで大工仕事の知識を身につけたり、材料や道具を買い集め、いろいろ試してみたりというのは、趣味としては最高に楽しそうだ。情報を集め、一つずつ実践し技術を身につけてみるには、確かによい機会には違いない。
でも、今は違う考え方をしたい。もう他に選択肢がない、という状況に自分を置きたい。情報のぬるま湯につかってるんじゃなくて、自分の先端を細く鋭くとがらせて、ずぼっと地域に刺さりたい。
前にも書いたが、丈夫な建材として木を得るには、春に切ってはよろしくないと、父にいわれた。この木小屋の柱がその真実を語るだろう。しかし、計画のためには、今もっと必要なのだ。
残りの材料をもとめて再び山に入ったが、すでにその時、木々は芽吹き始めていた。ぼくは理屈抜きでそれらを切り出すのをためらった。その現象は、できるだけ身の回りの自然の材料を使って、というこの計画のコンセプトより優先すべきことがあることを、ぼくに端的に知らしめた。残りの必要な木材は、ホームセンターで購入したものを使うことにした。そして、木は10〜11月に切る。やっぱりそれが一番いいと思う。
木小屋は1日で建った。それでいい。
木小屋 / 鋸 / くぎ / クヌギ / 浪板 / 金槌 / ノミ / 木の杭
04/15: 小麦は?
母のケータイをいじっていたら、1枚だけ、小麦の写った写真があった。それで思い出した。日付は4月11日になっている。
825の整地や木小屋作りですっかり忘れていたけれど、写真を見る限り、ずいぶん大きくなっている。手前はスカスカなところが写っているが、奥はしっかり茂っているようだ。ここ最近の暖かさでもっとぐんぐん生長しているだろうし、もしかしたら花も咲いているかもしれない。雑草もたくさん生えている。今頃は大変なことになっているかもしれない。近いうちに見に行って、草取りなどせねば・・・。
ケータイ
04/12: 卒業研究aレポート1
卒業研究では、2回のレポートと2回の面接指導の後に、最終的な卒業論文を提出することになっている。最初の「レポート1」の締め切りは、4月14日必着。つまり、明後日。
明日は天気が良くないとの予報。ということで、本日825にパソコンを持って行って、レポートの仕上げをすることにした。すっかり草の絨毯が広がっている。少し曇って、風も冷たいけれど日差しは暖かだ。それにとても静か。といってももちろん無音ではなく、小鳥はさえずり、風が吹けば木々も鳴る。
あと、この近辺は下りの旅客機(国内線?)の航路になっているようで、上空を東から西へと飛んでいく音がする。広島空港に降りる飛行機などは、車輪が見えるほど間近く見える。ひなたは、バスや電車より、旅客機を見る回数のほうが多いかもしれない。それぐらいよく飛んでいる。でも、ぼくにとっては、すでにそれが耳障りということはない。国道沿いに暮らす家の人が、絶え間ない車の往来の音になれてしまうのと原理は同じだ。
しかし、時々ヘリコプターが飛んでいるのは、気分が悪い。いつまでも上空を旋回している。お年寄りの家に、高額の「我が家の上空写真」を勝手に撮影して押し売りする業者もある。あと、警察か何か、上から市民を見下ろすような存在を連想する。
はっきりいって、机も椅子もなく、晴天の825で、ノートパソコンを持っていっても作業は大してはかどらなかった。しかし、重要なひらめきは2、3、レポートに影響を与えたように思う。以下に、少し長いが、レポートの全文を掲載しておく。字数のほとんどが、このブログの再編集である。
パソコン / 論文・レポート / 書く
明日は天気が良くないとの予報。ということで、本日825にパソコンを持って行って、レポートの仕上げをすることにした。すっかり草の絨毯が広がっている。少し曇って、風も冷たいけれど日差しは暖かだ。それにとても静か。といってももちろん無音ではなく、小鳥はさえずり、風が吹けば木々も鳴る。
あと、この近辺は下りの旅客機(国内線?)の航路になっているようで、上空を東から西へと飛んでいく音がする。広島空港に降りる飛行機などは、車輪が見えるほど間近く見える。ひなたは、バスや電車より、旅客機を見る回数のほうが多いかもしれない。それぐらいよく飛んでいる。でも、ぼくにとっては、すでにそれが耳障りということはない。国道沿いに暮らす家の人が、絶え間ない車の往来の音になれてしまうのと原理は同じだ。
しかし、時々ヘリコプターが飛んでいるのは、気分が悪い。いつまでも上空を旋回している。お年寄りの家に、高額の「我が家の上空写真」を勝手に撮影して押し売りする業者もある。あと、警察か何か、上から市民を見下ろすような存在を連想する。
はっきりいって、机も椅子もなく、晴天の825で、ノートパソコンを持っていっても作業は大してはかどらなかった。しかし、重要なひらめきは2、3、レポートに影響を与えたように思う。以下に、少し長いが、レポートの全文を掲載しておく。字数のほとんどが、このブログの再編集である。
» 続きを読む・・・
パソコン / 論文・レポート / 書く